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2月は今日で6日目です。2月はもう6日?!とは思わないけど1月が終わったなんて早くないっすか?大事にゆっくり食べようと思っていたのに今回はちゃんとそうしようと思ったのに、開けたらもうなくなっていたお徳用のチョコレートをあっという間に食べた。位早いでしょ?産まれた時のニュースを聞いていたが、修行を済ませもう職人となっていたとは。元横綱の貴乃花親方のご子息が靴職人として活躍してる位早いでしょ?一人の人間が人生に腹をくくるまで成長しているのに、私は全く。。。今日もすでにお菓子に400円使ってしまった。いけない。

いけないよ。七味唐辛子に麻薬が入っていると何かの専門の男性がTVで言っていて、そんなもの簡単に手に入っちゃうでしょ、詰め替え用だってあって皆な無くなったら入れ物にまた入れて使うでしょ。私はどちらかというと一味唐辛子派なので安全安心だが、でも七味に麻薬が入っている。って言ってそれを大々的にいなげやとかで売っているのだから一瞬驚くけど、オーバーに言っているだけなのでしょ?検索してみたら七味の中に芥子(けし)の実というのが入っていてそれの事らしいのだけど、結局問題ないじゃん。驚かすなよ!そんなオーバーに言うなんて私と一緒じゃん。じゃあ、しょうがないか。その後きちんと説明したかまでは見届けられなかったけど、信じているよ。見ず知らずの人だけど。

七味唐辛子も安全で、一味唐辛子も安全だからいなげやで売っているのだろうけど、その食べ方に個人的に問題があって、辛いのがマヒしている。と昔そばにずっといてくれた人から指摘を受けていたが、ただその人が極端に辛いのが苦手というものあったが、ラーメンでも餃子でも炒飯でもスパゲッティでもピザでも焼き鳥でも肉じゃがでもなんでも辛いのをかけて食べるのだが、お店で食べる時、相手の頼んだものとの交換をするが、私のを食べると毎回今までの全てが台無しになる位辛くした。とご立腹になっていた。毎回だったので、毎回食べてから、辛いのかけたな。とそれを思い出すので食べる前に見て赤いから気が付かないか?と聞いたが気が付かない。という事で最終的に学習を進めていくと私の食べ物がきたら私が辛いのをかける前にまず食べないといけなくなっていた。家にある一味唐辛子もどこかに隠された。
自分としては辛い方が好き。位で、強烈な激辛好きという訳ではない。食べた事はないが地獄ラーメンを完食する自信ないし、なぜかカレーは甘口でないと美味しいと思わない。
ピリ辛が好き。位だが、最近は記憶が飛ぶ位かけているのも実感する。これはあまりよくないと思う。言い訳としては冷え性なので体がホットを要求しているのではないかと思っていたが、やりすぎてしまった感をおぼえる時もあるので、クラつくほどにはかけないようにしている。でもやっぱり辛そうなものを選ぶのはしょうがない。先日『激辛ロシアン スコーン チリ味』というのを買った。6分の1の確立で激辛のスコーンが入っているとの事。「激辛スコーンに当たるのは誰だ?!」と書いてあるが、私です。一人で食べるんだから。絶対私。6分の1で入っている激辛は辛かった。でもまた食べたくなりどこで買ったのか分からないがいつも行くいなげやを探したがない。お菓子のまちおかに違いないと思うが行き付けが沢山ありすぎてどこなんだ?この記憶が定かでないのも辛いのに中毒ってるもの麻薬なのか。
本当に食生活改めないと、お菓子ばかりじゃだめだ。この前、きのこの山みたいな形のお菓子を見つけて買ったが名前はちょこの森というのだけど、一人で全部食べたがパッケージには「みんなで食べよう!」とあった。私は体が大きい。だからこれは一人前。と、こういう時はコンプレックスな体の大きさを都合よい肯定材料にする。そう思っても体が大きい事を自分で自分を思う時、昨年参加した趣向の公演で友人が旦那様と一緒に観に来てくれたのだがお芝居終わってご挨拶しに行くと旦那様の第一声が『いやあ、伊藤さん顔デカイね』だった。お芝居観た後の感想なのだろうが、役者として、いや、人としてのショックは大きくこれを笑い話に出来る程のスタミナはまだないが、きっとこの旦那様がそう思っているという事は他の人もきっと思っているのだろうな。と。その場では何と返したのか記憶にないほどの破壊力だったが、記憶がないのは辛味を沢山食べたせいもあるのか。いやショックだったのだ。今日までその一言は忘れる事が出来ずに生きている。物忘れはする方だが、引きずる時は引きずる。もしかして年単位で引きずるかもしれない。でもデカイのは生まれつきで遺伝だから、でも責任は自分にあるのか?分からないけどしょうがないんだ?もしかしたら努力不足だったかな?小さな時からデカくて小学生時分、交通機関で大人料金を払うよう言われたものだ。痩せる痩せないではなく骨がもう出来ている。その言葉の威力というよりも演出力の勝利?勝利というのなら、じゃあ、私の負けとなるのかもしれないが、数少ない友人が観に来てくれた感謝と会える感激で駆け寄った最初の言葉だった。黄色とか金色とか桃色とか銀色とか白色とかイメージでは発光しているキラキラの想いで走って駆け寄った瞬間、その言葉で全てが止まった。ブルーいやブラックになった。かつて言われた「今までの全てが台無しになる位辛い」これか。この辛味。辛口。いやもはや褒め言葉だったのか?思い出すとやはり少々落ち込む。デカいは散々言われてきた。分かっている。満員電車でも嵩張る。迷惑をかけているのは分かる。でも移動しなくてはならない。
このデカさ武器になるのだろうか?人としてはマイナスであろう。役者として吉とでるか?凶とでるか?もしかして何もでないのか?芝居を観て顔がデカかったとしか印象づけられないのであれば、私はどの作品に出ても功績は残せない。むしろ作品にとって邪魔ではないのか?大丈夫か?ずっとこの体で生きてきてこういう生活を送っているというのがもう結論なのか?ひとまず着るもの履くものかぶるものにも困っている。ユニクロのレディースのXLは私にとってはSだ。悲しい。女性用のマスクは眼帯ではないかという位私には小さい。女性用と書いてあるじゃないか、眼帯ではないはずだ。だってマスクと書いてあるじゃないか。バカヤロー!
そんな時アマゾンのCMが心にしみる。馬が、馬が切なくて、泣ける。少し前までは犬だった。赤ちゃんになつかれない犬のお話。その犬の飼い主の男優さんが話題になっていたが、今は馬になっている。大きい馬が飛べるハードルを飛べない小さな馬がしょんぼりしてしまい、小さい馬のジャンプでフラフープをくぐらせるCM、フラフープを売ったのがアマゾンだが、馬の演技が凄い。馬い。前の犬の悲しさも伝わってきてワンダフルだったが、動物の心が愛おしくて泣けてくる。アマゾン。アマゾンよ。大きいのある?私はCMに出てくる犬である。馬である。救ってくれ。でもネット苦手だ。私がネット苦手でも犬の飼い主がネットを使えて、馬の飼い主(?)、馬主(というのか?)、調教師(なのかも知れないね?)がネットで買い物出来て良かった。有難う。
ロシアン スコーンもちょこの森も誰かと食べる事を推奨するが、私は世情に逆らって独りで食べてもいいと思う。ただ、動物は欲しい。いつかは一緒に住みたい。動物と。

あ、あと前回、身近な人のCM情報を記録したけれど、安村くんもCM出ている。かつて私の愛した男、マッチと。小学生の私ならマッチだ!と心躍らせるでしょうが今は安村くん!となってる。時間は人の心も移ろわせていくわ。とても嬉しいし少しだけ悔しいし凄く羨ましい。活躍している皆どんな年になるのだろう。自分も。私はまず。まず、アレだな。どれ?ドレミ?ファソ?ラシド!
2月ひとつ宜しくお願い致します。