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FUKAIPRODUCE羽衣LIVE vol.10終わりました。お出で頂きました皆々様有難う御座居ました。関係者の皆々様お世話になりました。有難う御座居ました。気にかけて下さいました皆々様にも感謝、無事に終わりました。今年はこれで店じまい。寂しいな。また来年会えますか?会いましょう。

一人暮らしをする様になってからお菓子を主食として生きてきた。これまで様々なパッケージを手で、鋏で、カッターで、包丁で、歯で噛み千切る等して開けて食べてきたけれど、箱入りのチョコレートの開け方が分からなくなってしまった。新発売のチョコだろう。私の目に輝いて入って来た。箱の中には個装されたチョコが入っているようだ。食べようと思ってもミシン目が見あたらない。「OPEN」の文字も見つけられない。かつて自分の祖母がお菓子の箱を企業側の消費者に対してしてくれた優しさの意図を全く無視してどうしてそこからあけるの?ねえ、おばあちゃん?幼い私は奇天烈な開けっぷりを見てそう聞かざるをえない状況に幾度となく立ち会った。しかし耳が遠い祖母には通常の音量では聞こえるはずもなく、思い切り大声で聞く様な話でもないので孫に何か話しかけられているが何だか聞こえない時にする「ふふふ」という愛想笑いが返ってくるばかりだった。戦争で川崎から秋田に疎開で来たという。貧しい生活をしながら命がけで子供を育ててきた。お菓子の開け方などどうだっていいと言えばいいだろう。物がない時代を生きて来た。お菓子が食べられる幸せ。それが一番ではないだろうか。しかし、自分が箱の開け方が分からなくなり力任せに側面の糊付けから開けてお菓子の開封能力がおばあちゃんになっているのだな。かつて戦争を知らない子供も戦争を知っていようが知って居まいが老いるとお菓子の開封能力はおばあちゃん。と現実を見つめ年末となり部屋が散らかっていても『お菓子の開け方は遺伝』の一言で片付ける孫を許して欲しい。ちなみにおばあちゃんはお菓子は妙な開け方をしていたが整理整頓は常にしている人だった。気づくといつも雑巾で家のどこかを拭いていた。そこらへんは遺伝しなかった。手先の器用さも色っぽさも遺伝しなかった。おばあちゃんから受け継いだ物は今のところお菓子の開け方だけの様だ。残念。無念。でも開ける情熱、やっぱり大事だと思う。おばあちゃん有難う。ミシン目から開ける生易しい方法では食べるというサバイバルに反する気がしてきた。食べたいなら力ずく。それが正解かもしれない。あ、あと甘い物好きもだ。これも遺伝だおばあちゃん。ご馳走様でした。
そうです。ご馳走様でした。フカプロ(FUKAIPRODUCE羽衣)ライブ、10回目だったそうです。沢山曲お披露目出来ました。3時間超えた!終電逃したというお客様も居た。お客様的にどう思ったか分からないけど、帰らないリスクと引き換えにお付き合い頂けて嬉しかったです。ご来場頂きました皆々様有難う御座居ました。関係者の皆々様お世話様でした。有難う御座居ました。気にして頂いた皆々様にも感謝。無事に終わりました。差し入れで頂いた、熟れた柿、デッカイりんご、甘いみかん。もう全て食べてしましました。自分では買えない味覚ばかりでした。またお菓子も美味しいものを沢山。あんなに食べ物があると興奮してしまいます。ヴィクトリアが自分の掌に来た時は6畳一間が宮殿に変わりました。あぁ、食べたらなくなってしまう。と食べてしまいました。美味しかった。自分では買えない物をいつも貰ってばかりです。お陰様で今日も元気だ!有難う御座居ました。
ライブ、私は『ヤングスターライト』を3年弱振りに演らせて頂きました。小学6年生の伊藤が言う台詞は46歳の伊藤にとって気持ちいい台詞だった。伊藤を演じた伊藤ですが実際の伊藤は雪はもう一生分やったのでもういい。と冷たくあしらってしまいますが、ヤングスターライトの伊藤をやると雪が愛おしくてたまらなくなります。糸井マジックにまんまとはまってしまっている。もうちょっと公演したかった。お相手はおかもっちこと岡本陽介君、楽しかった。触れそうで触れなさそうで触ってしまったけれど可愛いヤツめ。あと『イトイーランド』を糸井氏と西田夏奈子女史と共演させて貰いました。とても嬉しかった。やったあ!やったあ!これは私が貰ったお年玉。糸井氏はギターを弾いて西田女史はヴァイオリンを弾いて私はハモリだったのだけど。愛。二人の愛よ。私は大丈夫だったのだろうか。とっても勝手に幸せになってしまったけれど。音楽の尊さ。イトイーランド。二人ともどうも有難う御座居ました。幸せだったよう。皆んな有難う御座居ました。

終わっちゃったな。もう今年はこれでお仕舞い。
もう小さな自分の用事だけなり、小田急線で移動中、隣に男性と女性の二人組みが並んで座って居て、席は並んで確保しているのだけど向かい合って座って居て何か二人で盛り上がっていて全く話し声が聞こえないけど、うなずいたりちゃんと会話をしている様で時折息を吸う音吐く音が聞こえてきた。呼吸音よりも小さな話し声ってどういう事か?公共の場では静かにすべきだ!うるさくする乗客と乗り合わせた際はその常識をかかげ『迷惑だぞ!』と心の中で本音を叫び迷惑だぞオーラで相手に思い知らせてやろうと『お前らは出て行け!出て行きたくないなら黙れ!』と念を送るが、静かに話されたら話されたで何を話しているのか気になる。適度に聞かせて欲しい。その不思議な着席状況も見たい。向かいの窓に写る姿でそのテクを拝見しようと思っても向かい側にも乗客がいて鏡になる窓はふさがっている。横目で男女カップルに気づかれない様に確認しようとするが、やっぱり横目は横目だ。無理して目を横に寄せると目が回る。助けてくれ。向かいの鏡になる部分に腰掛けている眼鏡の男性も私の隣のカップルを心なしか驚きの目で見ている様に感じた。ズルイぞ、メガネ!オレも見たい。その二人は私の降りる駅の二つ前で降りた。

基本的に耳は遠い(あ、おばあちゃんもコレ遺伝だ)、何を言っているのか分からなくても何か言っているのは分かる。また地獄耳で余計な事はよおく聞こえて来る。
電車の中での他人の会話等バッチリ聞こえてしまう。弟自慢している女性に同僚だろうか?それを聞いている女性が「わあ、会いた~い」と言っているが全く会いたそうではなくてそれに気づかず話す姉がうるさくて余計なお世話だが『空気読めよ。』とちょっかい出したくなったり、男女のカップルで、彼氏が彼女に話しかけてるがあまり反応がない。何故、自分の話に何の返しもしないのだ?と男が聞けば女は「電車の中ではうるさくしちゃダメなんだよ。」と答えている。『おお!素晴らしいじゃないか!男よ、お前はいい女を見つけたんじゃないか?!』と祝福の雄たけびを心であげていると「今、緊張しているんだよ!お義母さんになんて挨拶しようかって。。。」と女がベラベラ興奮気味に男へ攻撃し出した。何だ?!電車のマナーなんて建前で義母となる人に会う緊張で話さなかったのか?その女は緊張しているのに無神経に話かけてくる男に対しての攻撃がもう止まらない。とてもうるさい。私が義母なら、あなたの事は。。。そう言えば「電車の中ではうるさくしちゃダメなんだよ」の語尾の「だよ」がなんか気になっていた。やっぱりあなたは。。。と義母でもないのに『私はあなたを嫁と認めない。』とか、全く変な気ばかり回す。私の方が電車のマナー悪いんじゃないか。だから電車での会話は派手にして欲しくない。

帰りの小田急線は混んでいて立っての乗車となった。目の前には男性と女性の二人組みが座っている。この二人も隣同士なのに向かいあって座っている。そして二人で話しているが全く声が聞こえない。一体、行きといい、帰りといい、何だ?小田急線の車風なのか?今度は目の前にいるので隣同士で向かい合う様子が自然な感じで盗み見れるな。とよく観察するが隣同士で向き合って座っている。それ以上でもそれ以下でもない。テクニックも何もない。隣同士で向かい合って座っているのだ。本当にそれだけだった。そしてこの二人組は恋人なのか親子なのかも分からない。女性は年上の様だ。男性との年の差が、これはどういう事だ?親子にも見えるがそんなにベッタリイチャつくものだろうか?いや、恋愛は自由だ。私が二人の関係に決断出来る立場の人間ではない。しかし不思議だ?もしかしたら行きも一緒だった二人なのか?向かえに座ったメガネが居たら行きの時の二人組なのかちょっと聞いて確認できたのにメガネは乗り合わせていないようだ。全く肝心な時にアイツは。袖振り合うも多生の縁。どうして私達は出会ってしまったの?気になる。この男女の二人組みはやっぱり私より先に降りた。その後、空いた二つの席には新しく乗ってきた私より20歳位年上のマダム二人組が座ったが、もう、うっるさいうるさい。煮物の話からコーラスの話まで、お互いの話は聞いているのか?多分聞いていない。この人達はお菓子、きちんを開けられるだろうか?お互いに食って食って食いまくる会話は楽しいのか?とか思いながらやっぱり私、全く余計なお世話だ。

今年も犬を飼えなかった。。。犬が欲しいとずっと小さな頃から願っていたが、今年もダメだった。ずっと自分は犬派だと思っていたが役者仲間の幸田尚子さんち(ダイハツWAKE、CM中)のシロ子に会い、猫の可愛さに骨抜きにあってしまった。それから猫カフェに行くようになったがやっぱりシロ子が可愛い。時々、役者仲間の西田夏奈子や日だか啓介が動物の画像を送ってくれてもう失禁寸前だった。うさぎカフェにも行ったりして、私寂しい様です。今年はもう公演もないし、どうしよう。寒いのも苦手というのもあり。残念、無念、また来年。けれど来たる来年に希望を持ち、天中殺が近づいてくるんだけど、気にせずに、私は一人ではない、電車で乗り合わせてくれる人がいる。動物の写真を送ってくれる人が居る。きっとあなたも私を思い出してくれる。そう信じて。
良いことも悪いことも悲しいこともラッキーなこともありました。2016年。きっと今年最後のブログ、読んでくれている人が居たらどうも有難う御座居ました。
来年もどうかひとつ宜しくお願い致します。